親愛なる祈りの家族のみなさん。
暑い日が続いていますが、お変わりありませんか?毎日をお元気でお過ごしになられるようお祈りしています。
以前にも書いたことがありますのでご存知の方もおられると思いますが、私は夏が大好きです。暑さはあまり気になりません。暑ければ人並みに汗びっしょりになりますが、それがむしろ快く感じられるのです。ですから、ほかの人が暑がってなまけていることが理解できず、あまり同情的ではありませんでした。
しかし、聖書の中でパウロはこう教えています。
弱い人々には、弱い者になりました。弱い人々を獲得するためです。すべての人に、すべてのものとなりました。それは、何とかして、幾人かでも救うためです。私はすべてのことを、福音のためにしています。それは、私も福音の恵みをともに受ける者となるためなのです。 (コリント第一9章22、23節)
弱さを思いやることが出来るのは高度な人間だけの特徴です。動物は弱いものから順に淘汰されます。強さや弱さは人によって違い、経済的な困難に弱い人もあれば、病気に弱いという人もあります。人間関係の摩擦には強いけれど、良い習慣を守ることには弱いという人もあります。誰もが何らかの弱さを持っているのです。ですから、誰でも人の弱さを理解し思いやることができるのです。
子供たちに教えるとき、あるいは家や職場などで指導的な立場をとるとき、聖書が教えているこの真理を忘れてしまうと、大きな対立や摩擦を残してしまいます。
「子供が道をそれないように」「人生を台無しにしてはいけないから」、そう思う一心から、未熟さゆえの至らなさや弱さを思いやろうとせず、つい自分の正しさを押し付けてしまうことがあります。すると、決して間違ったことを言っていないのに親子の断絶が出来てしまいます。
あるいは、「自分は正しいことを言っているのだ」という自信が先立って、わかっていても実行するのに時間がかかる人の弱さをわかってあげられないことがあります。それでは何も良いものが育ってきません。正義感がもたらす弊害はいつの時代にも大きな悲劇を生みます。
私は今でこそ多くの人に聖書の真理を伝えていますが、心の目が開かれて神を受け入れることが出来るためにどれほど多くの祈りが私のために積まれたことでしょう。「そんなに分からなければ救われなくてもいい」と言われていたら今の私はなかったことでしょう。
私たちは神が求めておられる天国の標準からどれほど遠くはなれていることでしょう。神はそういう私たちが神の国の住民になれるようにと忍耐されたのです。
もし神が、怒りを示してご自分の力を知らせようと望んでおられるのに、その滅ぼされるべき怒りの器を、豊かな寛容をもって忍耐してくださったとしたら、どうでしょうか。(ローマ9章22節)
親子の断絶。学級や家庭の崩壊。人と人とが本当に心を開いて理解し合い、築き合うことが出来ず、かえって互いに傷つけ合い、害し合うことが多くなっています。
家庭の問題のほとんどは、相手を理解して受け入れることで解決し、建設的な方向に変わっていきます。相手を責めれば破壊することしか出来ません。
自分の掲げた基準だけを相手に要求して、それを満たすことの出来ない人を赦さないなら、相手も苦しみますが自分も苦しむことになります。逆に、相手を励まし、建設的に支えて力を貸してあげれば、自分も共にその祝福にあずかることが出来るのです。
弱さを一方的に攻められては誰も立つ瀬がありません。誰でも弱さを持っているからです。その弱さに誰もが勝利したいと思っているのです。そのためには外からの助けが必要です。特に身近な者の理解が大切です。弱さを持っていてそれを自覚することはむしろ幸いです。互いに赦し合い、互いを建設し合うことが出来るからです。
私たちは強いと思っているときこそもろく、弱さを自覚したときこそ本当の強さを発揮することが出来るのです。互いに弱さを告白し補い合うとき本当の強さが生まれます。
パウロは肉体にひとつの弱さを持っていました。そのために「これを取り除いてください」と何度も祈りました。
しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。」と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。(コリント第二12章9、10節)
イエス・キリストは私たちのために人となり、人の弱さをご自分の身にまとわれました。彼が弱さを持たれたのは、ただ単に私たちと共に苦しむためではありません。むしろ弱い私たちの無力さと弱さを身をもって知り、その弱さのままで弱さを克服してくださるためでした。
彼は、自分自身も弱さを身にまとっているので、無知な迷っている人々を思いやることができるのです。(ヘブル5章2節)
あなたはご自分が弱いと思っておられますか。もしそうなら、大丈夫です。あなたには強い見方がいます。あなたの弱さの中に本当の強さを見つけてください。
あなたは愛されています
レックス・ハンバード世界宣教団
日本主事 桜井 剛