国際映画祭で日本の映画「おくりびと」が優秀作品に選ばれて今話題になっています。それによって死の問題に対して人々の関心が集まるようになりました。人は、特に日本人は死について話すことを忌み嫌っています。死を避けて逃げまわり、ついには4という数字すら嫌がって、病室はもとより、アパートやホテルの番号から4という数字をなくしてしまうほどです。けれども、死は現実なのですから、それに対して誰でも正しく向き合う必要があります。
「人々がなるべく目を背けようとしている死の問題を、この作品が直視させてくれた。」と多くの人が評価しています。死は決して恐ろしいものでも汚らわしいものでもありません。誕生と同じくらい厳粛で尊い現実です。
私も早速「おくりびと」の本を取り寄せて読んでみました。
失業中の音楽家が「年齢を問わず、高給保証!実質労働時間わずか。旅のお手伝い。」という求人広告に引かれて、申し込みの面接に行った所は納棺夫助手を求める会社でした。驚いて身を引こうとしたのですが、いろいろの事情で抜け出せないでいた主人公が、友達にも妻からも反対されながらも、少しずつその仕事の崇高さに引かれていくという物語です。
確かに多くの人々が評価しているように、死の現実に真剣に向き合っている様子が感じられて、良い印象を受けました。死に対する敬虔な態度によって、愛する者を失った多くの人々が慰めを受けたことでしょう。
けれども、死者を尊び、愛する者を失った人々を慰めるだけでは、死の問題を克服したとは言えません。死はそれ以上の現実です。誰もが直面する自分自身の死に対しては誰も答えることは出来ません。この作品もその点には何も触れていません。おそらく、愛する者の死にしっかりと向き合うことによって、ひとりひとりが自分でその答えを見出すことを願っているのでしょう。
私は祈りの家族の皆さんには、死の問題からの完全な解放による平安と希望を持っていただきたいのです。
もちろん、イエス・キリストを信じて永遠のいのちの希望を確信しておられる方は、主の復活によって、死の問題からは完全に解放されています。愛する者の死に直面した時、地上では二度と会うことのない別れはつらいに違いありませんが、それ以上の絶望感を持つことはありません。永遠の別れではないのですから、死に対しても正しく向き合うことが出来ることでしょう。
では、自分自身の死に対して向き合うことはどうでしょう。イエス・キリストの死と復活は、単なる信条や教理ではありません。そこには、私たち弱い人間ひとりひとりへの深い思いやりが込められています。私たちは自分独りで不安や心配と戦いながら死に備えなければならないのではありません。イエスが共にいてその道筋をも整えて、一歩一歩一緒に歩んでくださるからです。
神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。(ローマ6章23節)
聖書が教えているいのちは肉体的な命だけのことではありません。肉体とは別に神が創造してくださったもので、肉体的な命によってこの世に生まれ、この世の生活を経験し、やがて永遠に神と共に生きるいのちのことです。
神の子イエスは私たちと創造主との接点となるためにこの世に生まれ、人と同じように地上の生涯を歩んでくださいました。
私たちの大祭司(イエス・キリスト)は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです。
(ヘブル4章15節)
神の子イエスは人の子としてこの世に生まれ、罪こそは犯されませんでしたが人間の弱さや痛みを全て経験しつつも、神の前に正しく歩まれました。神の御心に沿って歩む手本をご自分の生涯によって示してくださったのです。その上で、神に背を向けていた私たちの代わりに罪の代価を支払うために十字架の上で死んでくださいました。それゆえに、復活という神からの栄誉をお受けになったのです。ですから、イエス・キリストを頼みとする者は、罪の赦しだけではなく復活の栄誉にも共にあずかることが出来るのです。イースターはそのことを記念する日です。
イエスは言われました。「わたしをお遣わしになった方の御心とは、わたしに与えてくださった人を一人も失わないで、終わりの日に復活させることである。」(ヨハネ6章39節)
誰もが罪に対する報いや死への恐れと不安を持っていることを、神はちゃんとご存知です。宇宙の全てのものをお造りになった全能の神は、私たちひとりひとりの人生が始まる前のことも、その後のことも、ずうっと先のことも、全てを正しく公平に治めておられるのです。
神はあなたのことも、あなたが生まれる前からしっかりと心にとめておられます。ですから、あなたのこれからのことも決してお忘れにはなりません。たとえあなたがまだ心配や不安を持っておられたとしても大丈夫です。神はあなたの弱さも心配もご存知であり、そのための備えをも用意して、あなたと一緒に歩んでくださるからです。その時のためにこそ、あなたも私もイエス・キリストを信じ、この方を永遠に頼りにしているのではないでしょうか。
高齢化社会の課題が多くの人々の重荷となっていますが、高齢化そのものは神の恵みです。その恵みにあずかっている者は感謝しつつ与えられた日々を有意義に過ごすべきです。その後の、今与えられている長い人生とは比べものにならない永い時間をもっと有意義に過ごすためにも、今から、神と共に永遠を過ごす心備えをしておこうではありませんか。それが、後の世代の人々への良い手本となればもっとうれしいことでしょう。私の心からの願いは、祈りの家族の皆さんと共に、イエス・キリストを通して神に近づき、御心をもっと深く知り、もっともっと神と親しくなっておくことです。「忠実なしもべだ、よくやった。これであなたの準備の時は完了した。」と告げられる時まで、ご一緒にせいいっぱい励みましょう。
あなたは愛されています。
レックス・ハンバード世界宣教団
日本主事 桜井 剛