祝福のメッセージ:2022-09

No.202209

主イエスを信じなさい。

そうすればあなたもあなたの家族も救われます。

 これは、使徒行伝16章31節のことばです。

 私はクリスチャンになってから間もなく、母が救われるようにと祈り始めました。幼いころから熱心な仏教徒の祖母の影響を受けていた母は、日本人独特の宗教観を持っており、私の話はただ聞いてくれるだけで、信じませんでした。当時大学生だった私は、帰郷するたびに、家族に聖書の話をしましたが、心に届いている様子は見えませんでした。あきらめずに七年間祈り続けて、母が救われました。けれども他の者たちは無関心でした。特に、住職の末っ子として育った父は、頑固に心を閉ざしていました。

 父は退職して間もなく、退職金の全てをだまし取られて借金さえ負い、どん底の生活をするようになりました。その頃、神学校を卒業したばかりの私は、父を助けることが出来ず、ただ祈っていました。

 私の結婚式に出席した父は生まれて初めて教会に来て、それ以来たびたび礼拝に出席するようになりましたが、信じようとはしませんでした。

 間もなく父は苦労の末、くも膜下出血で倒れ、病院に運ばれました。私が父の見舞いに行って枕元で聖書を読んでいると、ほとんど意識のなかった父が突然目を覚ましてこう言いました。「私はお寺の子として生まれたが、神の子として死にたい」。

 私は驚いて、「イエス様を信じたいの?」と言うと、「うん」とうなずきました。すぐに母を呼び一緒に祈りました。父は間もなく亡くなりましたが、葬儀は私の教会で行なったので、親族が教会に集まり、キリストの教えを初めて聞いた者もいました。

 間もなく、妹が信仰を受け入れ、数年後には姉も洗礼を受けました。

 皆さんの中には、家族のために何年も祈り続けているのにまだ誰も救われていない、とがっかりしている方もいらっしゃるでしょう。それでは私の尊敬する牧師の体験をご紹介します。

 この牧師はある日、死期の迫った老婦人の見舞いに行きました。彼女は言いました。「先生、私は主にお会いする準備はできています。でも息子のことだけが心残りです。何年も息子のために祈って来たのにまだ救われていません」。老母の涙を見て、牧師は胸をつかれ、一瞬言葉を失いました。しかし、彼の口からはすぐ、彼自身も驚くような言葉が出てきました。聖霊が言うべきことを教えてくださるとはこういうことでしょう。「大丈夫ですよ。あなたが死んでも、あなたのささげた祈りは死にません。ずっと神の前で働きますよ」。

 間もなく老婦人は平安のうちに天に召され、神の臨在に包まれた葬儀が行われました。母の信仰の生涯は息子の心を強く動かし、彼はイエス・キリストを受け入れました。

 大切な人がイエスを信じて永遠のいのちを持つことを願って、本気で祈ったなら、その祈りの力を信じてください。私たちがこの世を去っても、私たちの積み重ねた祈りは消えることがありません。神が覚えていてくださいます。