2019年7月
起きて、床を取り上げて歩きなさい。
その後、ユダヤ人の祭りがあって、イエスはエルサレムに上られた。
さて、エルサレムには、羊の門の近くに、ヘブル語でベテスダと呼ばれる池があって、五つの回廊がついていた。その中に大ぜいの病人、盲人、足のなえた者、やせ衰えた者たちが伏せっていた。そこに、三十八年もの間、病気にかかっている人がいた。イエスは彼が伏せっているのを見、それがもう長い間のことなのを知って、彼に言われた。「よくなりたいか。」病人は答えた。「主よ。私には、水がかき回されたとき、池の中に私を入れてくれる人がいません。行きかけると、もうほかの人が先に降りて行くのです。」
イエスは彼に言われた。「起きて、床を取り上げて歩きなさい。」すると、その人はすぐに直って、床を取り上げて歩き出した。そこでユダヤ人たちは、そのいやされた人に言った。「きょうは安息日だ。床を取り上げてはいけない。」(ヨハネ5章1-10節)
イエスが語られたことばの一つ一つには深い意味があって、語られたことばだけでは終わるものではありません。そのことばに対する一人一人の応答もまた、その人の人生に大きな違いをもたらします。
イエスに「起きて、床を取り上げて歩きなさい。」と言われ、その通りに立ち上がって歩き出した人は癒されました。けれども、その出来事を聞いて、喜ぶどころか、文句をつけた人たちがいました。ユダヤ人の律法学者たちです。
「きょうは安息日だ。床を取り上げてはいけない。」床をかたづけることは仕事であり、安息日にはやってはいけないことだと言うのです。
38年もの間病気だった人が癒されて床をかたづけて元気に歩き出したのです。一緒に喜んであげるべきです。なぜ文句をつけたのでしょう。安息日に仕事をしてはいけない、と律法に書かれているからです。
「安息日を大切にして守りなさい」と言われたのは神です。その独り子イエスが「病気は癒されたのだ。床をかたづけて自分の足で元気に歩きだしなさい」と言われたのです。病気だった人は神のことばに従ったのです。律法主義のユダヤ人も、一見、神の律法の言葉に従ったように見えます。しかし、それは傲慢と狭い心から来たもので、神のことばの本質とは遠くかけはなれています。けれどもこの出来事はそれだけではすまされませんでした。ユダヤ人たちはしつこくイエスを非難し始めたからです。
そこでイエスは、彼らの本質的な誤りをはっきりとさせるために、こう言われました。
わたしの父は今に至るまで働いておられます。
ですからわたしも働いているのです。
このためユダヤ人たちは、ますますイエスを殺そうするようになった。イエスが安息日を破っておられただけでなく、ご自身を神と等しくして、神を自分の父と呼んでおられたからである。(17節、18節)
律法の本質をないがしろにして、言葉だけを守って、いかにも敬虔そうに見せかけるところに彼らの罪があります。
信仰の本質は、イエスが神の子であり、神ご自身であることを信じることです。本当にそう信じているなら、イエスが言われたこと、聖書の中でイエスが教えておられることを、素直に正しく守り行うことができます。イエスが神の子であると信じなかった律法学者たちは、神の教えである律法を十分に知り尽くしていながら、その教えを本当の意味で正しく実践することができなかったのです。
神は私たちの信仰と強い意志とを育てるために、私たちに語りかけてくださいます。私たちはまず、神ご自身であるイエスの言葉に耳を傾けて、御心を知ることに心を注ぐべきです。そして、その言葉の通りに行動するのです。
そして、神がどのようにその祈りにこたえてくださるのかを期待してください。そうすれば、神は私たちの力を引き出して、不可能と思っていたことさえも可能にしてくださいます。
38年間大勢の病人と一緒に池の周りで待っていたこの男と同じように、何もしないでただ待っているだけでなく、イエスが言われたことばに従って信仰によって立ち上がり、行動するのです。「38年も病気で苦しんでいたのに今さら立ち上がることができるわけがない」と初めはそう思ったかもしれません。もしかすると、この人はもうとっくに癒されていたのに、元気に立ち上がって行動しようとしないで、いつまでも、水が動いて、誰かが水の中に入れてくれるのをただ待っていたのかも知れません。もしあなたがそうだとしたら、今こそ信仰を持って立ち上がってください。イエスはこの人を力づけて、言われました。
よくなりたいのか。さあ起きて、床を取り上げて歩きなさい。
彼はイエスが言われた通りに立ち上がってみるとどうでしょう、自分の力で歩けるではありませんか。どんなにうれしかったことでしょう。彼の人生はこれで一変するのです。それを見ていた律法学者たちは、激しく彼をなじりました。「安息日に床を取り上げてはいけない」。彼はそれに答えて「私の病気を治してくださった方が床を取り上げて歩けと言われたのです」と自信を持って言い張りました。
神の子イエスは今もあなたや私に「元気に立ち上がって歩き出しなさい」と語りかけておられます。
今あなたを苦しめている問題は何ですか、神は愛です。イエスは神の愛をあなたに対しても表してくださっています。祈りがきかれると信じたなら、信仰を持って元気に立ち上がりましょう。