祈りの家族への手紙:2025-09

2025年9月 

 親愛なる祈りの家族の皆さま。

 猛暑の後やっと秋の風を感じてほっとしています。神を賛美してこの季節を楽しみましょう。

 祈りの家族の皆さんのお便りは、いつも私を力づけてくれています。皆さんのお祈りのおかげで、私は今もこうして、聖書のことばを皆さんにお伝えできるのです。これは神から私に与えられた何よりも大きな恵みです。どんなに感謝しても感謝し尽くせません。

 子供の頃から私は科学者になることを夢見ていました。原子力で無限と言えるほど大きなエネルギーを造り出せば、人類の未来は明るいと思っていました。けれども、原子力は、使い方ひとつで沢山の人々に、今までにはなかったような苦しみを与える力でもあることが分かり、とてもショックでした。

 例えどんなに素晴らしいものに見えても、多くの人々に大きな苦しみを与える道具にもなるのです。AIもドローンも、役に立つ技術なのに、兵器として使われて、人々を死の危険にさらしていることはニュースで見る通りです。

 逆に、どんなに小さな行ないも、それによって人々を幸せにし、神に喜んでいただくことが出来るのです。神から与えられている才能や恵みは、隠し持っているのではなく、神の栄光となり、人を励まし助けることに用いるように心がけたいですね。ちょっとした親切な行ないや優しいことばの一言が神に用いられた時誰かの人生を大きく変える力になるのです。あなたもその力を持っています。それを働かせて、だれかを幸せにしてあげてください。神のみことばを知っているあなたなら、きっと出来ます。

 ルカによる福音書15章で、イエスは放蕩息子のたとえ話をなさいましたね。この息子は、自堕落な生活をして、父から与えられた財産を使い果たしました。神は私たちにも、財産を分けてくださっています。

 与えられている命の時間、知恵、力や機会を、自分のために賢く使うのはもちろんのこと、周りの人に恵みと喜びを与えることに用いて神の栄光を表わそうではありませんか。人に賞賛されるような大きなことをしなくてもいいのです。それぞれ置かれた立場で、与えられた力に応じて、出来ることをするだけでいいのです。それなら、あなたにも私にも、今からでも出来ます。

 落ちぶれて帰ってきた放蕩息子を、走り寄って抱きしめてくれた父親のように神はあなたや私を、神の国の世継ぎとして迎え入れてくださいました。

 神のもとに帰り、神の息子、娘として生きているなら、神はその時その時に、なすべきことを、あなたや私に示してくださいます。その時こそ、あなたが主のために働くチャンスです。

 しばらく教会に来ていないあの人に電話をすることかも知れません。誰かを励ますために、葉書を一枚書いて送ることかもしれません。腰を痛めている人がいたら、ゴミ出しをしてあげることでもいいでしょう。「本当にそんな小さなことでいいのですか」とおっしゃるかもしれません。小さなことでもいいのです。

 『良い忠実な僕よ、よくやった。あなたはわずかなものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ』(マタイ25章21節)

 小事に忠実な人には、神はさらに大きなことを任せてくださいます。けれどもこの大きい、小さいは、人の判断によるのではありません。人の目には小さく見えても、神の目には大きく立派なものもあります。反対に、人の目には大きく立派なことでも、神の前にはつまらないものもあるのです。

 神の目に良いことは、私たちの周りに沢山あります。それを見逃さないために聖書に親しみ、主イエスの心に近づきたいと思います。

 神の愛に根ざしたあなたの行ないや言葉は人々を変えます。私はそんな例をたくさん見てきました。また、皆さんのお手紙でもうれしい報告を受けています。福音を頑固に拒んでいる人も、内心は少しずつ変わり始めています。どうぞあきらめないでください。壁はいつか崩れ落ちます。神は、私たちに出来ないことをお求めにはなりません。神はあなたが気付かないうちに、色々な時に、色々な方法で、あなたを大切な働きのために備えさせておられます。神と人に愛を持って仕えたいという思いがあれば、神はあなたを用いてくださいます。あなたは神の大切な道具、尊いことに用いられる器となり、人々は、あなたを通して神の愛にふれるのです。

 そんなあなたのために、神は素晴らしい恵みを用意しておられます。実りの秋です。主はあなたに、この世でも、来るべき世でも、豊かな収穫を与えてくださいます。

 あなたは愛されているからです。

レックス・ハンバード祈りの家族 

桜井剛